2013年1月21日月曜日

『老年』(大正三年四月十四日)

老年

芥川の処女作、『老年』である。これがあのカリスマ芥川龍之介の処女作というのはいささか驚きである。該博さと虚無的な雰囲気はまあ彼らしいというのはあるかも知れないし、情景の美しい描写も細緻で、「流石!」といいたくなることはあるかもしれないが、それにしてもやはり処女作としては地味過ぎる。というか処女作で『老年』というともう始まりながら終わっているような、そんな虚無感に教われる(太宰治の『晩年』もそうである)。多分今では一部の文学ファンにしか読まれてはいないのではないだろうか。

話のあらすじはこうである。

若い頃遊蕩に明け暮れて、一時は三度の飯にも困る程の廃れた生活ぶりだった爺さん(房さん)が、運良く縁者に引き取られて隠居していた。ある日二人の男が屋敷の中を歩いていると、障子からわずかに声が漏れてくる。それがその房さんの声らしく、しかも何やら艶かしい内容である。きっと昔の女と話しているのだろう、やれやれじじいも隅に置けんな、と二人がそっと戸の隙間から覗いてみると、中にいたのは房さんと丸くなっている猫だけで、女の姿はなかった。

要するに房さんは、昔の情事を懐かしがって、一人呟いていたのである。若かりし頃の思い出に浸って一人猫を撫でている老人の淋しさがよく伝わってくる。しかし話としてはそれだけで、芥川の代表作にあるような目の覚めるような筆遣いや、教訓めいたものはまだない。

なお、この作品だけに限らないが、芥川の場合、語彙が豊富すぎて言葉が難しいので、青空文庫でも読めるが、出来れば注が付いているちくま文庫の全集で読まれる事をお勧めしたい。


0 件のコメント:

コメントを投稿